親父の貫禄

IMG_20171121_0001_NEW.jpg
私の父親は元号が昭和から平成に改る年に72歳でこの世を去ったのであるが、現在の平均寿命から云えば少し早かったかも知れない。

親父は偏食家で生野菜大嫌い人間であって、いつぞやお袋が野菜サラダを作ると「俺はキリギリスじゃねぇ!」と云って食べなかったほどである。

ハイハイ、お父さん。貴方はどこから見てもキリギリスではありません。それは皆んな知っております。でもね、健康のためには野菜も必要なんですよ。

結局、親父が食べないものだからお袋もサラダなんぞを作る機会がとんと減って、我々ガキ共も生野菜なぞはさほど口にしないで成長してきたのである。

巷では「1日に野菜を350g食べましょう」なんて云っているけれど、そんなことを気にせずに生きてきた私は、この年まで大病をすることもなく(これから先は判らないけれど)、フツーに暮らしているわけで「野菜を食べなきゃ」なんて強迫観念に囚われることはほとんどない。

こんな話は置いといて。

ガキ共も成長し親父が60代になった頃、子供の目には年寄りとまではいかなくても「親父も結構歳をとったなぁ」と云う感じになっていたのであるが、「親父の貫禄」と云う雰囲気とか威厳は十分備えていたのである。

翻って私が親父と同世代になった今、当時の親父が持っていた貫禄が自分にあるのか、と云うと・・・。

どうもそんな感じはしないのである。

現在の私の立ち位置というより立ち居振舞い・雰囲気と云うか体から発する威厳とでも云うか、それを「貫禄」と云うなれば、私の持つそれは親父に到底及ばないのである。

親父は若い時分はサラリーマンであったけれど、昭和の30年代に独立して小さな事業を始めたのであるが、倒産こそしなかったものの、子に美田を残すほどでもなく、まぁそこそこ。

ただ、家族が食いはぐれることもなく、子供四人の教育を終えたことが本人の唯一の自慢であったかも知れない。(ささやかではあるが、これはこれで大変なことではある)

親父はあの世に旅立つまで「シャチャー」と呼ばれていたわけであるが、その子供も長じてグレードの差はあれ、それぞれ「〇〇長」と云う身分にはなったものの「シャチョー」と呼ばれることは無かったのである。

貫禄はその差であるのか?

否、ちょっと違うような気がする。

会社を持つことは、宮仕えよりはるかに苦労が多いはずであるけれど、どちらがどうのと云う単純な比較をしても意味がない。

親父の持っていた「貫禄」とは?

詰まるところ、「親」だからなのであるか。

日本は隣の大陸文化である「儒教」の影響を少なからず受けているので、年長者への配慮とか、親孝行、先祖を敬うと云う考え方は我々にも根付いている。(儒教精神が行き過ぎると、かつての日本やどこかの国見たいな男女差別や極端な序列社会になるけれど。)

が、しかし私もヒトの親ではあるけれど、親父ほどの貫禄があるとは思えない。

「親」と云うくくりでは同じでも子供を育てた時代が違うし世の中の環境も大きく変わっているわけで、まして親父は戦争経験者である。この辺りの経験・苦労=貫禄の違いなのではなかろうか。

こう云ってしまえば平和な時代を過ごしたお父さん達は貫禄が無いことになってしまうが、そうでは無い。人それぞれである。

私と同年の友人に会社を経営している男がいるが、この男などはどこから見ても威厳・貫禄十分である。

私が親父を超えることが出来たものはたったひとつ。身長である。

コメント

Secret

プロフィール

harimao8823

Author:harimao8823
どーと云うこともない日常とほんの少しの非日常を綴るぐーたらブログ。

カレンダー
05 | 2018/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR